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大変大変、 [雑記]

 広告が出るほど放置してしまいました。

 とりあえず、死にそうですが生きています。

 もうエロ描写だらけで小中学生を中心に釣ろうとするラノベアニメはいらないよう.......。

 気が散るばかりの気持ち悪い乳揺れ描写が気になります。
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知恵の泉が語りかけてくるのだよ、きみ。 [雑記]

 では、わかりやすく言語化してやろうではないか、久城。

 大き目の世界地図か、googleマップを用意してくれたまえ、うむ。
パキスタンの全体図を見て、イスラマバードの場所を確認すること。

 ご覧の通り、パキスタンはソビュールによく似た形をしている。
地方州いくつか分でインドから独立したのだから、古いインドの
国境線に従って縦長に伸びているな?海から中央アジアに向かって。

 隣の国境線は片方は言うまでもなくインド、そして反対側は?

 その通り、アフガニスタン国境が大半を占める。

 残りの部分は米軍の敵、イランだ。

 ときに久城、きみ、イスラマバードからアフガニスタン国境と、
アラビア海の海岸線まで、パキスタンの領土を通るとしてだね。

 どちらが近い?

 無論、インドの領土内は通過できまいよ。英軍ならともかく、
米軍には支援基地を提供せんだろうし、領空も通しはしまいて。
使う輸送手段はヘリコプター数機、他国の主権を侵害して40分で
特殊部隊1~2個分隊で建物一つを急襲して焼き払い、中にいる
人物を無差別に殺害する作戦なのだぞ?国際法を犯し、国内では
半数以上の勢力であるイスラム世論を恐れずにその片棒を担ぐ
ほどインドは米軍に協力的ではあるまい。

 かと言ってそれだけの事件を起こしておきながら、パキスタン
空軍のスクランブルを避けつつ、悠々とアラビア海まで領土の
2/3、800マイルもの距離を兵員満載のヘリで縦断できるとも
思えんのだよ、きみ。

 さて、カオスの欠片は揃った。再構成してやろう。

 米軍の強襲部隊は最短距離を行って、最短距離で帰ったのだよ。

 つまり、アフガニスタン国境から来て、戻ったのだ。海に一旦
出るにはさらにアフガニスタンの領土ほとんどを回り込んでから
イランかパキスタンの領土をかすめなければならないが、そんな
バカげた事が出来ると思うかね?危険度の意味でも航続距離から
しても。

 ここに新たなカオスの欠片があるのだよ、久城。

 米軍は一体、どこの海に死骸を突き落としたのだ?しかもだ、
パキスタン軍から全速力で退避行動を取りながら、DNA検査で
本人確認をしてから海に投げ捨てたと言っているのだぞ?
それとも、全速力でアフガニスタンに持ち帰ってから高速の
航空機に積み替えて、世界のどこかの海へ捨てに行ったとでも?

 ばかばかしい。退屈極まりないおとぎ話だな。

 死体など最初からなかったのだよ。

 もっとましな嘘をつくか、本物の事件を持ち込みたまえ、きみ。
また退屈で死にそうになってしまったではないか。

 早く甘いお菓子でも持ってきたまえ、ふん。








 .........って、ヴィクトリカが言ってたんだよアブリル。

 すっごく気にならない?




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影が影を追い陰で殺す。 [雑記]

 ビン・ラーディンという人をサツガイした、と米国中がおおはしゃぎです。

 思えばイラン・コントラ事件の裁判でCIAの武器迂回供与の数々と、
機密の名の下についでに私服を肥やすものがいたことが暴かれた折。
ついでにこんな情報もこぼれ出ていたのです。

 当時アフガニスタンに侵攻していたソ連軍の南下を食い止めんがため、
国内で抵抗を続けるイスラム勢力に武器を供与する目的で、あくまで
公式にはイスラム勢力を支持できないアメリカがフロント組織として
作ったのが、アルカイーダという活動実態のない団体。リーダー役には
CIAにスカウトされたサウジアラビア人富豪の子で、兄弟のまんなか
へんのボンボンで金とスリルの為だったらなんでも遊び気分でやる
暇そうな若者、オサマ・ビン・ラーディンが雇われて、要はイスラム
勢力への武器迂回輸出のための代理事務所としてのみ存在していました。
そんなわけで、この組織には主義主張もなにも最初からありません。
そもそも自然発生したものではないのですから。

 当時米軍の秘蔵っ子兵器だった赤外線追尾・ファイア&フォゲット式
歩兵携行地対空ミサイルのスティンガーがこの経路で大量に運ばれて、
山間部で低空対地攻撃を仕掛けて来る攻撃機・ヘリ、補給飛行場に近づく
航空機などが次々と餌食になり、制空権を確立できなかったソ連軍は
ついにゲリラ戦に屈する形でアフガニスタンから退却しました。他にも
弾薬・衣料品・食料品など多種多様の戦争物資が共産軍憎しの一念で
イスラムも憎いけどまあとりあえずいいか的なアメリカから供与され、
イスラム勢力もビン・ラーディン氏のふところも相当潤ったのは公然の
秘密だったわけです。

 まあビン・ラーディン氏はアフガン侵攻が収まった後もそのまま
イスラム勢力へのつなぎ役として細々とそのフロント組織の看板を
名刺に書き込んだまま時代の波に埋もれかけてゆくのですが、ブッシュ
父の時代に突然「イスラム文化圏との戦い」が始められて、これまた
唐突に「謎の国際テロリスト組織・アル・カイーダ」の「所在不明で
神出鬼没の謎のリーダー、ビン・ラーディン」として脚光を浴びます。
全ての爆発事件や破壊活動、抵抗運動にはやたらに犯行声明が届き
(テロの場合、大抵漁夫の利を狙ういろんな組織から犯行声明が
根拠もなく届きます)、全てはみるみるうちに「世界的テロ組織・
アルカイダ」の仕業とされてゆきました。その当時からもわたくしは、
なんじゃこりゃ?と首をかしげていたものです。

 そして、中近東・中央アジアは戦争の業火に焼かれることとなり、
構成員と称される人間の逮捕はあれど、犯行の具体的な証拠もなく、
アル・カイーダの事務所や物資集積所、軍事拠点も存在が証明される
こともなく、全て謎のまま容疑がおっかぶされて、様々な地域への
軍事侵略の口実とされて来ました。一体、彼らはどこにいるのでしょう?
大量の物資武器を隠匿し、国家を転覆させる程の人的資源に溢れ、
潤沢な資金を持っているとされるアル・カイーダとやらは、この現実
世界のどこに存在していることが確認されたのでしょうか?

 最初からCIAのフロントマンだったビン・ラーディン氏が、米側が
公式に追跡を始めたと宣伝しはじめた途端に世界のどこかに消え失せ、
ろくろく事実関係も証拠も確立されていないテロリズム事件の数々に
出すアル・カイーダ名義の犯行声明と定期的に涌いて出るビデオ・
レターだけで存在をアピールする様は、まるでどこのメンヘラーの
バーチャルネットアイドルだよ!とツッコミたくもなるものでした。

 そんな謎の組織の謎の人を、イスラマバードでご家族とご一緒の
ところを襲ってアメリカが殺害したと発表。

 あれでしょうか、エアギターに続く新しいエクストリーム競技、
「エアサツガイ」でも開催されているのでしょうか。クラウザー三世
閣下もびっくりです。

 まあアメリカさんのことですから、実際に誰か殺して死体を作っては
いるのでしょうけれども。一体、誰の死体なんでしょうか。オサマ・
ビン・ラーディン氏かも知れませんが、多分、「謎の巨大国際テロ
リスト集団アルカイーダの闇の支配者、大悪人ビンラディン」でない
ことだけは確かだと思います。

 おそらく、発表会見の事前レクでは大統領府広報官と記者のこんな
やり取りがあったことでしょう。

 「それで、現場の証拠写真は?死体はどこに?」
 「ご安心下さい、今作ってますので、すぐお手元に届くかと。」

 ,,,,,,,,,これ、昔の共産圏ジョークなんですよね。

 もうすっかりこれで笑えない。

 恐ろしいことに、昔旧ソ連であった事が今米英日本で日常化。
わたしたちは、受難の時代に暮らしています。




追記

 さあてさてさてお立会い。仕上げをとくとごろうじろ。

 今後しばらくの報道をようく注意して見てみて下さい。

 特に「イスラム勢力側」からのコメントを。

 「アルカイーダと(実際に)協力し、保護・匿って来た
  ビン・ラーディン氏が(自分達の知っているもしくは
  自分達の)隠れ家で殺害された。無念である。」

 っていうコメントがどこかの実在が確認できる組織から
具体的な経緯を含んだ内容で出てきたとしたら、わたくしが
上に書いたことは半分がとこうそっぱちで超巨大テロ国際
組織アル・カイーダは世界のどっかにいます。そうでなくて
影響力を誇示してネームバリューにあやかる声明ばかりなら、
まあ、色々とお察し下さい。

 まあ、名声が欲しいとか霍乱目的のそういう捏造話は、
時間が経つにつれどっかからぽこぽこ涌いては来ますけど。
初動の報道を忘れずにいることは大切ですよ?




さらに追記

 死体は検証も司法解剖もなく海に水葬しました、ですって。

 えー。

 ところで。

 パキスタンのイスラマバードっていつ海に面したとこに
移動したんですかね。すごい天変地異だ!
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逞しくあれ、私達は生きている! [雑記]

 東北の大震災以降、今も地震活動が続いています。石巻の知人、
旧称殺人向日葵こと六条一馬さんの無事もようやく確認できました
が、メディアから流れてくるあちらの日常は想像を絶する過酷な
状態のようです。また、多くの方々がお亡くなりになられ、心から
悼む気持ちで一杯になっています。

 どんなにこの世で身分や待遇が違えども、全ての人間に等しく
逃れようもなく訪れるもの。それが、死である、とは、一休和尚が
説いていらっしゃった言葉でしたでしょうか。一瞬先には自分が死
を迎えているかもしれない、という現実。わたくしも一度死にそう
な事故に遭って、それ以降の人生が大きく変化したことを思うと、
まさに先の安楽を期待して悪行に走り、他人を蔑み貶めて保身を
するよりも、今この一瞬々々を大切に、全力で、悔いの残らない
よう、恥じ入る事のないよう公正明大に天道に背かず正しき人と
して生きることの大事さをいたく感じます。

 生き残ることも、生き続けることも地獄の今の世の中ではありま
すが、それでもこの胸に命の炎が燃え続けている限り、生きる義務
があるのだとわたくしは思っております。人の生まれること、人生
に意味などなくても、生き続けること、それこそが命題なのだ、と。
死にたくなくても死んでしまうことのある儚い人の人生というもの、
それだからこそ、生きている人間には生き続ける意味があるのです。

 生き残った方々には、お亡くなりになった方々の消えてしまった
命のともしびを、代わりに燃やし続けてあげることができます。
例え非力であろうとも、力及ばず具体的な復興業務に携われなくと
も、生きて生きて生き抜くことが、なによりの供養になると思います。
立ち上がりましょう、再び。ごはんを食べて、そのひと欠片ももはや
口にすることができなくなってしまった、お亡くなりになった皆さん
の代わりになって、この世のあるがままの姿を、日常のなりわいを
取り戻すことからはじめましょう。全てが元通りになることは不可能
ですが、新しい日常を今、ここから作り、はじめましょう。

 全ての年代、今そこに生きている方すべてが、今も新しい日常を
作り上げているのです。頑張りましょう。遠く離れたわたくしの在所
でも、町工場はフル回転して復興を助けるべく働き始めています。
物流が、生産が、全てのマンパワーが日本全国であなたたちを支える
べく脈動をはじめています。政治とか腰抜け官僚とかは放っておいて、
生き続けているわたしたちはみんな同じ思いで、被災した各地に行き
わたるだけの物資を生産し、ものを運び、経済活動を続けています。
震災で大きな被害を被っていない土地のわたくしたちも、一緒になって
頑張っています。どうか、その力を信じていて下さい。一歩、一歩、
あなたたちのところにこの日常が近づいてゆきます。待っていて下さい。
その命のともしびを明るい色に輝かせられるようになるその日は、必ず
やって来ますから。一緒にあの「普通の日々」を取り戻しましょう。

 震災の被害で今なお苦しむ東北、茨城県、千葉県のみなさんに、
心よりの応援を申し上げます。
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民と菜種はと支配者側は言うけれど、絞っちゃったらもう菜の花は芽吹かないのよ。 [雑記]

 さーて少々ぶっきらぼうながらお堅いことを申しますわよ?

 昨今とんでもない権威の失墜振りが嘆かれる民主党政権ですが、
まあ旧社民党と旧自民党派閥主流争い分裂組がかなりの数を占め、
政権を取った途端に官僚に尻尾を振って利権によだれだらだらに
なるのが目に見えていたので、わたくしはそんなに驚くには
あたらない、と民主党建建党の頃から思っておりました。

 それよりもむしろ現状で恐ろしいのは、私的利権と国家財産の
私物化、法を作るだけが目的の公益性の無い立法に汲々とした
歪んだ官僚・公務員組織どもが数々の「政治の弱体化」を仕組み、
国家運営の足を引っ張ることに次々と成功してしまっていること
だと思っております。自衛隊などよりもよほど性質の悪い暴力
代執行組織である警察、司法、行政などが、個人の生殺権を
立法の悪用で次々と握り、恐怖政治をこの日本で敷く日がよもや
わたくしの生きている間に現実に出現しようとは。NSDAPが
どうやって第三帝国を作り上げたのかを思い返すと、それはもう
背筋の凍るような思いがします。近代社会において、国家に
住まう人間の権利を踏みにじるのに一番手っ取り早い手段を
持っているのは、軍隊よりも実はその「国家体制の運営・維持
に関わる代執行機関」の方で、NSDAP(ナチ党)はまずそこに
シンパを求めたり、深く食い込んだりしたものです。

 そうやっておいてから国法をいじくり、企業を優遇すると
言えばお金大好きな大資本家はこぞって資金援助をしますし、
大国家事業・大公共事業をブチ上げれば大規模事業は規模の
大きな企業体にしかできないので自動的に彼らの儲けになる、
という仕組みができあがりますから、事業規模の小さな商売
は隷属するか潰れるかしかなくなり、カルテルや財閥が幅を
利かせてますます国家は窮乏します。官僚機構はこの世の春
を謳歌し、さらに法とシステムをいじくって弄ぶ。勧進元が
儲かれば自分も坊主丸儲け、とばかりに資本の巨大化へと
手を貸し、膨れ上がってゆく書類上の規模に満足してゆく
ことになるわけですが.......。

 歴史の失敗例がいくつも物語っています。国家の活力は、
資本家の肥大した資金力の数字、企業の業績だけが膨れ
上がってもちっとも向上しないのです。

 なぜか。ものすごくひらたく申し上げましょう。

 お金が大好きな人は、お金を払いたがらないからです。

 つまり、国家という体制にもできうる限りお金を出したく
ない、と考えるからこそ、本来国家を運営するためだけに
その使命があるはずの国家機構そのものと結託し、賂などを
送っている輩なのですから、最初からその利益理念が健全で
あるわけがない。彼らは自らの目先の贅だけが目的ですから、
当然、国家の将来や現在起こっている問題なぞどこ吹く風。
税金なぞは自分以外のその他大勢が払えばよろしい、とこう
考えるわけです。

 そしていくら一個人、一企業体が莫大な利益を上げ、資産
を築いたとしても、その額面上のお金はたいした価値もあり
ません。

 なぜなら、流通しないからです。

 例えどんなにすさまじいお金持ちだとしても、その持てる
全ての財産を常にビタ一文残さず常に使っては儲け使っては
儲けすることなどありません。大半は資産として死蔵される
ことになるのです。

 だからと言って収奪者から収奪して再配分しろ、などという
レーニンのおじさまみたいなとんでもない事を言い出すのは
まあ冗談にもならないお話ですが、これは貨幣経済に基づいた
近代社会では実に国家の基礎によろしくない現象で。有り体に
言えば書面上の国家全体の資産を書類上のお金の額面にしたら
大層でも、ほとんどが「死に金」になってしまうわけですね。
当然、公共利益のためにあえて不利益・不採算であっても
運営しなくてはならないものに国民として供託するべきもの、
「税金」の収入も実態としては減ってしまいます。なぜなら、
その資産の大半が流動・還流しないから。

 そうなった頃には、歯牙にもかけられなかったその他大勢
扱いの大半の国民はどうなるか?

 じりじりと、じわじわと貧乏人になります。

 地道に利益を上げるには薄く広く取れ、は真っ当な商売人の
基本的心得ですが、その薄くあるべき純利を無理に広く取ろう
とすれば商売ならばたちまちのうちに傾くことでしょう。

 そしてそれをもしも国家がやったとしたら、国が傾きます。
公共の利益へ支払うお金と個人の生活のお金のバランスが崩れ
たとしたら、人は自らの環境、場合によっては生殺を賭けて、
生存本能と幸福への欲求に従い、自己防衛へと走るのがあたり
まえですから、その「薄く広く」の源すら枯渇するわけですね。

 大河の源も一滴の湧水からはじまり、寄り集まってこそ大河
となるのが森羅万象の理。貨幣経済とても、その真理からは
逃れようもないのです。たとえどんなに数字をいじくってみたと
しても。満々と水を湛えた湖沼はある意味美しいものですが、
留まらず流れ行く大河のエネルギーは失われてしまうのです。

 ブルジョワエリートによる国家統制経済を夢見る官僚共は、
いっぺん河口の泥を漁ってしじみでも掘って売ってみたら
よろしい。どれだけの質の物に、どれだけの値段をつけたら
売れるのか。どれだけの労力がその価値に見合うのか。数字を
つけることの恐ろしさを、身を持って味わってみるがよろしい。
百万の論文を孫引き・引用するより遥かに解りやすくて、かつ
経済の勉強になるというものだ。労働力はタダではなく、絞る
にも人間的幸福の限界点を越えれば絞り粕どころか腐った毒と
なる。人件費をケチり、挙句に収入の全てを公共費と税で奪え
ばその毒で必ずそやつの立っている場所の床板が抜ける。国を
滅ぼす行為はおのれの孫子の代に必ず祟るであろう。なにしろ
この国は圧政に泣き寝入りを続ける日陰者が、ある日突然に
発狂して反動で暴力によって国家体制を転覆させることを
延々と繰り返して来た国なのだから。ぬしらもゆめゆめ夢幻の
栄華に溺れるなかれよ。徳川の世がなぜ300年の安寧を保ちつ、
いかにして官僚主義の滞留と共に崩壊したかを思い返せ。

 と、わたくしは非力な虫けらのような一国民として、かように
うそぶいておこうと思うのですよ。

 ああ、働けど働けど我が暮らし楽にならざり。

 ぢっ、と手を見る。

 ささくれが最近ちょっと痛くて気になります。

追記。

 長年の支配体制での既得権勢力、マスコミ・官僚組織・財界と
結託して、現政権の体たらくを必死に口汚く罵り、足を引っ張って
国家運営をないがしろにしてまでも有頂天になってはしゃいでいる
自民党、公明党の者どもよ。

 民主党がダメだからと言って、その代替者に選ばれるのは
決してお前らじゃないんだぜ?

 なぜ政権を追われたのか、もういっぺんようく考えろ。
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ぼんちゃん、いいよいいよー。 [雑記]

 全ての映像を作る作業に携わることを目指す人々に、必ず教科書として
見ていただきたい作品というものがあるのです。

 ええ、ぜひとも。まさにこれはバイブルといってもよろしいでしょう。

 反面教師の。

 映像作りの上での、「これはやってはいけない!」の理想的なまでの
具体例がふんだんに詰まった、輝くばかりの宝石が一杯並ぶ素晴らしい
ショウケース。映像だけではなく、漫画などを志す方にもきっとお役に
たつのではないかと思うのですよ。

 それは、シベリア超特急。シベ超ですよシベ超。

 先ごろお亡くなりになられた映画評論家、水野晴雄さんが晩年に私財を
投げ打って作り続けた、映画への愛情余ってたたらを踏んで床を踏み抜い
てしまったような一連のプロジェクト。つまりその第一弾であるところの、
映画「シベリア超特急」と、「シベリア超特急2」までをお勧めします。

 それ以降まで延々と見るのは多分辛いので。

 もし、貴方が「お昼のロードショー」や「木曜洋画劇場」の全てに寛容
になれて、テレビや日本の映画館で流れる内容がちっともわけわからない
意味不明な予告編の数々に大爆笑できる余裕のある方でしたら、その全て
を味わい尽くすというのも一興でございましょう。あなたのハートには、
何が残りましたか?と言われても怒らないひとでしたら、きっと大丈夫。
でも個人的にはお勧めしません。あくまで自己責任でお願いします。

 以降、昔の記憶なのでちょっとうろおぼえ混じりでお送りしますが、
ご容赦願えれば、と。

 古今東西の映画に大変造詣が深く、愛情を持って語られていた水野氏の
愛すべき語り口と名場面の切り出し具合は、さすがなるほど、ともいえる
手腕でした。だからこそいわゆる批評家世界のライターという不安定な
職種の中でずうっと長きにわたって最前線にいらっしゃることができたの
でしょう。

 しかし。しかしながら。

 あのお方は禁断の園へと足を踏み入れてしまったのです。ぼんちゃんと
のめくるめく禁断のゲフンゲフン*いやそうじゃなくって全ての世界に共通
する鉄の掟を破る、という茨の道へ。

 「批評家は名プレイヤー(監督)になりうるか?」

 これは古くからある論争で、今日まで激しく自称批評家の方々が好んで
続けられているような気がする大変不毛なトピックですが、まあぶっちゃけ
結論は出ています。「absolutely NO」。

 批評だけを続ける人は、最終目標である完成品の一番出来がよろしい部分
だけをつぎはぎして、名作が出来ると簡単に思い込んでしまうものですし。

 本当は、生みの苦しみの上で端から端まで完成させてから、最終的に一個
の創造物として成り立つのが作品なわけで、全てに完璧を求めようとすれば
完成しませんし、労力も時間も無限に消費するばかりでちっとも世に生まれ
ないことになってしまいます。劇創作だけのお話ではないのですが、技術力
や予算、マンパワーと時間などの現実と最大限の努力で妥協し、一旦完品に
して次へ進む勇気が、ものづくりには必要だったりします。

 引用なしにゼロから起こしてモノを作る労力を、多くの批評家は割と軽視
して悪言雑言をぶつけてしまいがちになる傾向がありますが、そこまでその
ジャンルに精通しているというのなら、どういった経緯でどういった制作
手法の現実的な限界でこのようになったかはすぐ判るはずで、その上で全体
のバランスとして面白かったかどうかを語れる筈だと個人的には思います。
読んでいてなるほど、と思わせたり、その作品を見たい、手に取りたい、と
思わせてくれるような批評記事を書かれる方はそこのところがお上手な方で
あるような気がいたしますし。

 しかしながら、そのような業界で愛されて幾星霜、生き延びてこられた
筈の水野晴雄さんが、愛が余ってやらかしちゃったのが本作品。

 深夜上映会でサプライズ登場されたご本人が、熱く熱く語られた各シーン
の「引用元の名画のあのシーン」。レイトショー2本立てだっつってんのに
ご本人が現れて映写場で時間を気にせずに存分にお話しなさるその全ての
文言に、わたくしたち観客の全てが終電の時間など忘れて聞き入り、かつ
大爆笑したものです。

 笑いが起こったのはなぜか。どこに、笑いを誘う「落差」があったのか。
別に嘲笑うとかバカにするとかそういうことではなかった、とだけは今でも
はっきりと明言できます。みんな、水野氏が大好きでした。でも、笑いが
生まれた。それは、「愛ある熱意と現実(の製品)とのギャップ」、だった
のでしょう。

 彼は限られた私財で、自らの映画業界での今までのキャリアと人脈をも
駆使して、最大限の努力をしました。出来上がった作品のキャスト表、
機材資材の質からしても、見た人にはそれがよく伝わって来ます。

 でも、そこまで。

 本当にそこまで、でした。

 彼はやってはいけなかったのです。「記憶に残る名画のあのシーン」を、
まんまそのまま作ろうとしては。しかも制作手法・工程については素人、
物語の創作経験もなく、構図も切れず、主役は自分(演劇経験一切なし)、
おまけに手に入る範囲の予算と資材だけしか持っていないのでは。

 色んな意味で、最初っから限界が来ていました。

 この作品については幾百の方が様々な解説をされていますので、ここ
からは、個人的に気がついた舞台設計についてをいくつか挙げてみます。

 まずセットの設計が出来ていません。どう構図を切るか、どのアングル
が必要となるか、で、実際のロケーションの中にカメラや員数、役者を
入れるのに不都合となる場合、もしくは現実に存在しない場合に、セット
を組む必要が生まれるわけですが、それは実際の構築物とは違っていて
あたりまえなのです。カメラが写したい方向だけに壁があればいいし、
その逆を言えば、四方を作ってあっても状況に応じてカメラ・機材が
陣取る方向が一部分解できるようにしておくか、アングルによっては
部分的に別セットを組む必要があります。それはちゃんとした映像の
イメージがコンテワークやストーリーボードのような形で下書きに
なっていなければ不可能で、ストーリーの中でどれだけの量を画像化
しなくてはならないか、どこまでできるのか、をあらかじめ抽出して
構築物を見積もっておかなくてはお金がいくらあっても足りません。

 しかし、彼がやっちゃったのはこうです。

 実際に狭い通路と客室コンパートメントがいくつもある列車みたいな
横長のなにかをセットとして床面積の横幅ギリギリ一杯に作る。これは
分解不能で、でも結局撮影しているときには使う客室はひとつだけ。
ほぼ同じ構造なのに。そして寝台列車の個室がある車両の構造をよく
思い出して下さい。そう、とても狭いですよね。これを壁全部作りつけ
で作ってしまったら、カメラ機材や撮影する人、役者が入るスペースは
どの状況になってもギュウギュウ詰めに当然のごとくなるので、撮影
できるアングルはごく限られた平板なものだけになります。画面にもう
動きがなく実に狭っ苦しいです。カットバックもパンもズームもろくに
生かせません。というか、カメラがどこにはまりこんで身動きが取れな
くなっているのか、映像を見ていてもう手に取るようにわかってしまい
ます。そんな空間で漠然と場当たり的に撮影をしていればそりゃあ窮屈
にもなるでしょう。

 似たようなことに、「動線の設計」というものがあります。物語を
文字で描く時にも本来必要なのですが、「このタイムライン上で、現在
各人物はどこの場所に存在していて、どう動いているのか、そしてその
空間はどのような場所、位置関係なのか」、という空間の設計図なの
ですが。とみに映画などの場合、それが破綻していると珍妙なシーンが
たちまち出来上がる原因ともなります。ワープする主人公、さっきまで
夜だったのに外に出るとあーらいい天気、などなど。

 「2」では、どう見てもどっかのリゾートマンションにしか見えない
大満州の有名旅籠「富士屋ホテル」が舞台になりますが、全景もなけれ
ば内部の動線も描かれません。ビジョンが最初からないのです。途中で
「これ宇宙戦艦の中です」と言われてもああそうですか、にならない
ために、多少の説明的画像の挿入や、説明的台詞などの小細工は折々に
必要なものなのですが。水野氏は「撮りたいあの名画のあの場面」だけ
しか愛していないので、そういう瑣末に思える部分には必要を感じて
いらっしゃられなかったのでした。

 冒頭からだらだらと続く続々と登場人物が入ってくる「玄関」と称す
一切写らない横向きのエントランスは、「うわあすごいあらしだあ」と
ドリフも真っ青な素人芝居でホテルマンが吹っ飛ぶシーンなどでも度々
出てきますが、カメラが終始置きっぱなしになっているその定点からは
延直線上の垂直面にあり、なぜかそこから入ってきた人達は構図の奥に
無駄に伸びている下ってゆく通路ではなく、カメラを左に首振りすると
ようやく写る曲がり角にちょこん、と置かれた簡易カウンター(という
か電話台)の方にやって来ては、チェックインしてさらに狭苦しい左側
の死角へと次々とはけてゆきます。

 どこにゆくのでしょう。

 まあそういうものだと飲み込んでおいたとして。

 今回はセットではなくロケハンですから、多少やむなしと考えて。

 多少ですよ?

 ラストシーン、(ネタバレ注意!まあ誰も怒んないか)犯人さんは
お歌が流れる中を戦争の悲しい歴史の被害者だとかなんだとかいうことで
悠々と歩みホテルを去る(ということですよね?あれ?)後姿を延々と
我々に哀愁を込めて見せてくれます。

 さっき説明しましたロビーから見まして。

 下ってゆく通路の奥へ。

 はい、ここで問題です。

 建物の出入り口はどこでしょう?

 最後のシーンに使う予定があって、最初の方から立て続けに手前に
あたる横向きの玄関(おそらく実際の外との出入り口ではなく部屋か
別の通路の出入り口ドア)を使ってしまっているなら、奥行きに伸び
る通路を物理的に仮設物で塞いでおくか、せっかく角がさらに手前に
あるのですからそれを利用して、撮影位置を少しだけ左にずらし、
角度を変えて奥に伸びる空間を死角で切断しておけばよかったのです。
そうすれば、未知なる富士屋ホテルのいずこかの出口に通じる大通路
だと言われても(言われなかった場合でも)、誰もが気にしないこと
でしょう。

 架空の建物、場所であっても、全体像の設計は必要なのですよね。
これまた逆説的に言えば、ロケーションハンティングで使う建物が現実に
いかなる構造であっても、違う場所に自由に見せることができるわけで。

 まあ、このように。

 もう、とにかく映像作りを専門に勉強したことがあるわけでもないし、
看板・サインの実地経験や奇術の知識などはあれども映像のセット作り
なんかしたこともない素人のこのわたくしでさえも、「これはだめ!
これやっちゃだめ!」とハラハラしてしまう点がはじっからはじまで
てんこ盛りなのです。その他、演出、お芝居、構図、物語構成、小道具
衣装、役者選びの方法からなにからなにまで。

 かのエド・ウッドも映画が好きで好きでたまらなくて、とにかく作りたい
人だったそうです。でも彼は失敗しました。「物語を作りたい人」でも
なく、「映像作品を完成させる現実的職人作業がしたい人」ですらなかった
からでした。彼にとっては、映画というものそのものを作って、映画館で
上映すること、その行為が目的だったからです。水野晴雄氏にも、なにか
共通する部分があるような気がしてやみません。その為、生まれ出た子は
親の因果が子に報い、哀れ見世物小屋のフリークスとなってしまいました。

 ですからかような悲劇を繰り返さないためにも、ぜひとも映像を志す
皆様には必ず隅から隅まで目を通していただきたい。これは金字塔的
作品と言っても過言ではないでしょう。地面の中に向かってさかさまに
伸びてゆく金字塔ではありますが。きっといい教科書になります。
演劇を志す人、漫画を描く人、物語を書く人にもお勧めしたい。一度は
冷静にじっくりと観て、そしてあとはしまっておくか飾っておいても
構いません。そんな作品なのです。

 あとは不覚にも閣下にラブを感じてしまったら、好きなだけ観て下さい。
そこから先の価値は、あなたにとってのかけがえのない宝石です。

 色々な意味でシベリア超特急をお勧めし、同時にお勧めしない本文。

 あなたのハートには、何が残りましたか?

 気になります。



シベリア超特急 特別編集版 [DVD]

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自然保護などおこがましい。 [雑記]

 今日、仕事中に実際に見ましたよ。

 「すずめを空中捕食するカラス」

 以前から自然科学関係の雑学知識で、天敵のいなくなった
カラスが次々に亜種化して来ているという説を聞いてまして。
あるものは小型の鳥類や小動物を捕食し、あるものは水辺で
カモメなどに混じって魚を好んで食しているのがよく見られる
ようになっている、という現象があるといわれてましたが、
よもやそれを本当に自分の目で見るとは。

 いやもう見事にスパッ、とあのでっかい嘴で器用に首根っこ
のところを空中でとっ捕まえて、それから歩道の上に急降下。
足を使って体を押さえつけながら首を捕まえなおして、息の根を
止める様は恐ろしげにさえ見えました。

 よくよく考えて見ると、今、都会を中心にカラスが大型化を
してるんですよね。羽を広げると幅60cmオーバーなんてザラに
いたりとかほとんど大型猛禽類並なわけだし。たまに至近距離
まで飛び寄って来られると、思わぬ大きさに圧倒されます。

 単種の生物がその群れが好む食生活や生活環境から徐々
に種の枝分かれを起こし、その生活スタイルに適応した形に
自らの体を変形させる、というのは進化の基本中の基本。
つまりわたくしめは今、急激に新たな進化を遂げつつある
生物を目の当たりにしているということなのですよね。これは
ちょっと感動的ではありませぬか。

 今はカモメなどを脅して魚を奪っている群れも、そのうち
自分で魚を取るために浮けるようになり、水かきを生やして、
海カラスや川カラスに。生きた餌を好む肉食種は嘴が曲がり、
鈎爪が大型化してタカガラスやトビガラスに。植物を好む
カラスはそのうちフルーツガラスに枝分かれするのでしょう。

 博物学のうち自然科学や考古学を見ていると、自然保護と
いう言葉がばかげて見えることがあります。ある生活環境に
特化した究極の形態の生物は、結局そこで進化のどん詰まり
にぶつかって、わずかな環境の変化にも耐えられず絶滅して
しまいます。バージェス化石群の生物たちや大型化した爬虫類
(恐竜)のように、うっかりすると進化の枝がほぼ根こそぎ
消えうせる可能性もあるわけですよね。

 そしてそこには、変化したとはいえ自然環境があるわけで。
残されたものの中で新たな変化に適応できたものがのさばって、
その様々な資産を同じように利用するべく枝分かれして、環境
ごとに変化した形となって散ってゆく。そうやって新たな多様
性が生まれるわけです。

 レッドデータブックには消え行く動物が人間の確認・分類
できた範囲で記されていますが、新たに生まれつつある生物が
次々とその隙間を埋めてゆくことは記されないでしょう?

 カラスを実例に取りましたが、おそらく鳥類以外でも同じ
ようなことが身近に起こっている気がします。放置された野犬
や野良猫が人里以外で生活しはじめて、小型獣化しているとか。
そのまま少しづつ体格が変わって、狼や山猫が占めていた空白
の環境を埋めるのでしょうね。あとクマネズミがテリトリーごと
に亜種化するとか。草食生物だと何がそうなってるんでしょう。
カモシカや猪などは割とたくましく適応してるようですが。

 人間が自然保護だ動物保護だと叫ばなくても、自然の方は
もっともっと逞しく、そしていつまでも私達を脅かす存在で
あり続けるものなのですよ、きっと。今いる見馴れている生物
が姿を消すのは悲しいことだけれども。なぁに奴らのほうが
遥かにタフなんですから。そのうち巨大なゾウネズミや獰猛な
二ホンチワワ、ハクトウオオガラスやシロナガスイルカなどが
生まれて来るに違いありません。

 そのうち「鳥人間コンテスト」が文字通りの意味になったら、
わたしたち人類はその頃果たして生き残っているのか。とても
気になります。
 
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ごろ寝デスクを買う。 [雑記]

 マリナ様、私もごろごろしたいです。

 まあそれはさておき。

 今週も何とはなしに秋葉原にいたりするんですなこれが。

 今日は流石に平日なのでGWの人出はないようで。まったりゆったり。

 色々と散策しつつ小間物を買う。っていうかちっちゃくないものも買う。
私の大好きなサンコーというアイデアグッズ販売店でついつい、アルミ製の
脚3段折りたたみ式ゴロ寝デスクというものなどを。座椅子などでノートの
パソコンを使うのにちょうどこういうようなものを探していたのです。まさに
思った通りなお品で。

 ここは他にも車両用ノートパソコンスイングアームとかUSB缶飲料保冷・
保温器だとか色々と気になる商品てんこ盛りです。ステキすぎる。

 いちばん奥のほうにあった「USBバストエクササイズブラ」という意味不明な
アホ極まりない商品が大変気になります。なんでもUSB駆動すればいいと
いうものでは......。だがそれこそサンコークオリティ。

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ベンガルのカリー。 [雑記]

 秋葉原の老舗の味、カレーのベンガルさんで遅い昼食。
ここはスパイスにこだわりのあるよいお店。口の中に爽やかな
辛味が残る。

 街も、今日はそんなに混み合っていない。GW立ち上がりだからか。
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安田さん、フィギュアになる。 [雑記]

 先日わたくしの大好きな水曜どうでしょうのDVD新刊が
手元に届きまして。十勝との激しい勝負やはかた号との
激烈な接近戦などを楽しく拝見しておるわけですが。
パッケージの中にとても気になるチラシが同封されて
いました。

 まあグッズなどの宣伝チラシなんですけれども。
その中にですな、「着ぐるみonちゃん」関連の告知が。

 ええと、その、なんですか「ねんどろいど化」って。

 あのぅ、ねんどろいど、ってディフォルメフィギュアの
ブランドなわけですよね。本家onちゃんならいざ知らず、
「着ぐるみ 安田さんonちゃん」製作中?

 つまりねんどろいど初の「リアルプロポーション」な
わけですよね、これ?

 なんという本末転倒。しかしそれこそどうでしょう魂。
今から出来が気になります。


HTBマスコットキャラクター ねんどろいど 着ぐるみonちゃん (PVC&ABS塗装済み可動フィギュア)

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  • 出版社/メーカー: オーキッドシード
  • メディア: おもちゃ&ホビー



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